千葉地方裁判所 昭和37年(ワ)24号 判決 1963年6月10日
判 決
船橋市<以下省略>
原告
X
右訴訟代理人弁護士
松本栄一
同
鈴木信一
右代理人松本栄一訴訟復代理人弁護士
須賀利雄
同市<以下省略>
被告
Y
右訴訟代理人弁護士
柴田睦夫
右当事者間の、昭和三七年(ワ)第二四号慰藉料請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
一、原告の請求を棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し、金三〇〇、〇〇〇円を支払はなければならない、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因とし、
原告は、昭和三六年四月一日、挙式の上、被告と事実上の婚姻を為し、爾来、夫婦として、被告方で同棲して居たものであるところ、被告は、同年一二月初頃から別れ話を持出し、同月一一日に至つて、遂に、原告と法律上の婚姻を為す意思のないことを表明した上、原告に対し、実家へ帰るように一方的に言渡したので、原告としては、如何とも為し難く、同日、実家に立戻り、その後、再三に亘つて、被告に対し、被告の許に復帰し度き旨を懇請したのであるが、被告は、之を拒絶し、原、被告間の事実上の夫婦関係は断絶するに至つた。被告の右所為は、婚姻予約の履行拒絶であつて、明かに、右婚姻予約の不履行となるものである。而して、原告は、之によつて、精神上の苦痛を受けたので、被告は、原告が受けた右苦痛を慰藉する為め、慰藉料の支払を為すべき義務がある。その慰藉料の支払を為すべき義務がある。その慰藉料の額は、金三〇〇、〇〇〇円と算定するのが相当である。仍て、被告に対し、右額の慰藉料の支払を為すべきである。仍て、被告に対し、右額の慰藉料の支払を為すべきことを命ずる判決を求める。
と述べ、
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、
被告が、原告主張の日に、挙式の上、原告と事実上の婚姻を為し、夫婦として、被告方で同棲したこと、及び原告が、実家に立戻て、被告方に復帰しないで居ることは、孰れも、之を認めるが、被告が婚姻予約の履行を拒絶したこと、及び被告に婚姻予約不履行の責任があることは、共に、之を否認する。原告は、昭和三六年一二月一三日、勝手に、実家に立戻つたまま被告の許に復帰しないで居るものであつて、婚姻予約不履行の責任は、挙げて原告にあるものである。
と述べ、
証拠≪省略≫
理由
一、原、被告が、婚姻の合意を為して、昭和三六年四月一日、婚姻の挙式を為し、爾来、事実上の夫婦として、被告方で同棲したことは、当事者間に争のないところであるから、原、被告間には婚姻の予約が成立したものであると云わなければならないものである。
二、而して、<証拠―省略>と弁論の全趣旨とを綜合すると、原告は、同年一二月一三日、その実家に立帰り、爾後、原、被告間の関係は断絶し、婚姻の届出も為されないままで、現在に至つて居ることが認められ、この認定を動かすに足りる証拠はないのであるから、原、被告間の右予約に基く法律上の婚姻は、結局、不成立に帰したものであると認定することの出来るものである。
三、然るところ、原告は、右予約に基く法律上の婚姻が不成立に帰したのは、被告が、右予約に基く義務の履行を拒絶した結果によるものであるから、被告に、右予約不履行の責任がある旨を主張して居るので、先づ、右予約に基く法律上の婚姻が不成立に帰した原因を審究するに、
(イ)、<証拠―省略>を綜合すると、
(1)、原、被告は、訴外Aの世話で、昭和三六年二月頃、被告方で見合を為し、之によつて、その頃、婚姻の合意を為し、右訴外人が原告側の、訴外Bが被告側の、媒酌人となつて、同年四月一日、婚姻の挙式を為し、同日から、被告方で同棲したこと、然るところ、原、被告は、見合を為すまでは、一面識もなく、全くの見ず知らずの間柄であつたに拘らず、互に、相手方の人柄その他を予め調査することも、又、互に交際して理解を深めると云う様なことも、全然、為さず、媒酌人の云うことを信頼して、唯一度、見合を為しただけで、挙式同棲したこと、又、原告側の媒酌人である右訴外Aは、単に、原告を知つて居る程度であつて、深くはその人柄等を知らず、被告については、殆んど何も知ることがなく、被告側の媒酌人である訴外Bは、被告の叔父であつて、被告については、詳細を知つて居たが、原告については、殆んど知るところがなく、従つて、本来ならば、右訴外人両名は、双方の人柄その他を詳細調査して、之を双方に通じた上、その媒酌を為すべきであつたに拘らず、この様なことはしないで、大方良さそうであると云う程度のことで、媒酌を為したこと、その為め、原、被告は、媒酌人からも詳細なことを聞くこともなくして、挙式同棲したこと、
(2)、右の様な挙式同棲であつた為め、原、被告は、互に、相手方に対する理解が十分でなく、而も、この点を自覚してお互に努力すると云う様なこともしなかつたので、同棲後に於ても、お互の理解は深められることがなく、その為め、お互の間の愛情も不十分なままで、月日が経過して行つたこと、
(3)、原、被告の仲は、この様な状態であつたけれども、その仲を不仲にする様な特段の事情もなかつたので、当初は、不仲になると云うこともなく、平隠に過ぎたこと、
(4)、併し、被告は、内気でおとなしく、而も被告の父母等と同居して居た為め、積極的に原告に働きかけ、原告に愛情を示したり、或は原告を自分の思う方向に導いて行くと云う様なことはしなかつたので、原告は、被告のその様な点に、かすかながら、不満を持つ様になつたこと、併し、その為めに、原、被告の仲が不仲になると云う様なことはなかつたこと、
(5)、一方、原告は、同棲後、一ケ月位してから、他に、日傭とりに出かけ、稼いだ日当は、被告の母に渡して、時折、被告の母から小使銭などを貰つて居たのであるが、同年七月頃、実家に麦の収穫の手伝に出かけ、四、五日泊つて帰つて来たところ、実家から、原告の弟が怪我をしたからもう一度実家に帰つて来て呉れるようにと云う電話があつて、原告が、又、二、三日実家に帰つた為め、被告の母の機嫌を損じたことがあり、又、一、二度被告の父から嫌味を云われたことがあつたのであるが、被告は、その様なときに、原告をかばつてやつたことがなかつたので、原告の被告に対する不満の気持が若干強まるに至つたこと、
(6)、そして、原告の右の様な気持が何となく被告に伝ると共に、被告の父や母の原告に対する気持もそれとなく被告に伝り、被告の気持も若干づつ変化し、それと共に、次第に、被告の性格と原告の性格とに相容れない様な相違があると思う様になり、その結果、性格が合わないので、原告との婚姻もうまく行かないではないかと考える様になつたこと、
(7)、その後その様な考え方が若干強まり、その結果、同年一一月に入つた頃からは、時折、原告に対し、その様な趣旨のことや、右の様なことから将来一しように生活して行くことに自信が持てないと云う様な趣旨のことをもらす様になつたこと、その為め、原告が前から持つて居た被告に対する不満が若干強まり、偶々、同年一二月一一日、被告の妹と共に、東京に遊びに出かけた際、ふとしたはずみで、その不満が口に出て、被告の妹に対し、被告の許に居ても仕方がないと云う趣旨のことを話したのであるが、それが被告に伝り、被告は、右の趣旨を被告の許に居たくないと云う趣旨にとり、その結果、翌一二日の夜、被告は、原告に対し、そんなに自分のところに居たくないなら帰つてもいい、自分もよく考えて見るから、原告もよく考えて見て呉れと云う趣旨のことを云い出したところ、原告もこれに対し、それでは二、三日実家に帰つて考えて来ると答え、相互の間に、多少の云い争が生じ、和解には至らなかつたこと、そして、その結果、原告は、翌一三日の朝、二、三日考えて来ると云つて、実家に立帰つたこと、
(8)、併しながら、右の様な結果になつても、当時は、原、被告共に、それによつて、原、被告の仲が絶断して仕舞うなどとは考えず、被告は、二、三日もすれば帰つて来るのであろうと思い、又、原告は、何れ、被告が迎えに来るであろうと考えて居り、その為め、被告は、迎えにも行かず、原告は立戻りもせずに居たこと。
が認められ、原告本人の供述中、右認定の趣旨に抵触する部分は措信し難く、他に、右認定を動かすに足りる証拠はなく、
(ロ)、而して、前顕各証拠と証人<省略>の証言と前記認定の事実とを綜合すると、
(9)、右の様にして、原告は、実家に立帰つたのであるが、原告の母に、その立帰つた理由を話した際、被告が将来原告と一しよにやつて行く自信がないという趣旨のことを原告に云つたと云う点が、原告の母に強く響き、原告の母は、それによつて、被告の性器が完全でなく、性交が不能であることが原因になつて、被告が原告に対し、その様なことを云つたものと誤解し、早速、原告側の媒酌人である前記訴外Aにその旨を告げて、その処置を相談したところ、同訴外人は、疑を持ちながらも、性交が不能であれば、被告と別れるより外に仕方がないであろうと云うことで、これ亦、早速に、被告側の媒酌人である前記訴外B方に赴いて、右の趣旨を話し、相談したところ、同訴外人も、性交不能であれば致し方があるまいと云うことで、之に同意したので、右両媒酌人の間で、原、被告を別れさせることに、話合が出来、原告側に対しては、右訴外Aから、その旨を伝へ、被告側に対しては、右Bから、原告が実家に帰つた日から四、五日後に、右の理由で、別れることに話合が出来たから、原告は、被告の許に戻らないと云う趣旨のことを伝えたこと、
(10)、被告は、右訴外人から、性交不能を理由として、別れる話合が出来たと云う趣旨のことを伝えられて、事の意外に驚くと共に、原告と婚姻することを全く断念して仕舞つたこと、
(11)、その後、原告は、同年一二月下旬頃、被告方から、自己の荷物一切を持去り、爾後、原、被告間には何等の交渉もなく、その関係は、原告が実家に立帰つて以来全く断絶して、現在に至つて居ること、
が認められ、原告本人の供述中、右認定の趣旨に抵触する部分は措信し難く、他に、右認定を動かすに足りる証拠はなく、
(ハ)、而して、原告本人の供述によると、原告は、現在に於ても、被告の許に復帰する意思のあることが認められるのであるが、被告本人の供述によると、被告は、原告の母によつて、性交不能であるが如くに、不実なことを云いふらされ、その後、原告から、慰藉料金三〇〇、〇〇〇円の支払を求める旨の調停が申立が為され、それが不調に終るや、更に、本訴の提起が為され、これが為め、現在に於ては、全く、原告と婚姻する意思のないことが認められるので、現在に於ては、原、被告間の前記婚姻予約に基く法律上の婚姻は、その成立が全く不可能の状態になつて居ると認めざるを得ない事情にあること、
尤も、前記認定の諸事実と原告本人の供述とを綜合すると、原告は、被告と婚姻を成立せしめる意思を有し、慰藉料請求の調停申立や本件訴訟の提起は、自ら之を為すことを決意したのではなく、他の何人かにそそのかされて、之を為したものと推測されるのであるが、それ等が原告自身の名に於て為された以上、原告が自ら之を為したことに外ならないのであるから、被告が、現在に於て、右の様な心境になつて居ることは、誠に尤もであつて、被告が右の様な心境になつて居ることについては、非難されるべき理由はないと認められる事情にあること、
が認められるのであつて、この認定を動かすに足りる証拠はなく、
(二)、以上に認定の諸事実によつて、之を観ると、原、被告間には、相互に、相手方に対し、不満を感じ、不和合の状態には至つた事情のあつたことが認められるのであるが、このことが、前記予約に基く法律上の婚姻を不成立に帰せしめた原因となつたものとは認め得ないところであつて、寧ろ、当事者の関係を調整和合せしめて、円満に、法律上の婚姻を為さしむべき責任を負うて居るところの両媒酌人及び原告の母等が、事態を、勝手に、誤解し、当事者の意思を無視して、話合を為し、その結果、被告が性交不能であると云う不実の事実を理由として、原、被告が法律上の婚姻を為すことを不可能ならしめるに至つたものであると認められるので、原、被告間の前記婚姻予約に基く法律上の婚姻を不成立に帰せしめたのは、右訴外人等の共同による右所為が、その原因を為して居るものと判定せざるを得ないものである。
四、然る以上、右予約に基く法律上の婚姻を不成立に帰せしめた責任は、右訴外人等に於て、之を負わなければならないものであるから、被告には、右予約不履行の責任はないと断ぜるを得ないものである。従つて被告に右責任があることを理由として為された原告の本訴請求は、失当として棄却されることを免れ得ないものである。
五、仍て、原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条を適用し、主文の通り判決する。
千葉地方裁判所
裁判官 田 中 正 一